10月13日18:52:00
東京北足立市場
~歴史~
ヤッチャバの発祥地・・・
千住市場史によりますと、創設は天正4年(1576年)の頃まで
遡るとされています。
徳川家康の江戸入府により、文禄3年(1595年)隅田川に
千住大橋が架けられた。
この千住大橋は東京で最も古く、大橋架橋によって千住の地が
東北地方への起点の地として、目覚しい発展を遂げていった。
下って享保年間(1720年代)千住・神田・駒込は江戸三大市場
と言われ、幕府御用品調達の命を受け卸売市場となりました。
千住市場の事を「ヤッチャバ」と言いますが、それは投師達が
立会うセリ声が威勢よく「ヤッチャイ」、「ヤッチャイ」と聞こえた
事から「ヤッチャ場」と言われるようになったそうです。
(投師とは市場の問屋で仕入れた品物を他の市場へ転送して商売をしている人を言います)
(ヤッチャバあれこれより)
足立市場の変遷・・・
中央卸売市場の始まりは、大正12年3年に制定・公布された
「中央卸売市場法」に規定されたものが最初である。
昭和2年京都市が全国に先駆けて開設し、東京においては、
昭和10年2月に築地市場が開設されました。その後
昭和20年2月に足立市場が総合市場として開設されました。
東京都は昭和47年11月「東京都卸売市場整備計画(第一次)」
を策定し、足立市場の取扱量の増加に伴い狭隘化が
著しくなったため、青果部門を昭和54年9月17日に
北足立市場(足立区入谷)に分離移転させ、水産物市場とを袂を
分かつ事となった。
(東京都中央卸売市場・市場の歴史沿革より)
足立市場について・・・
昭和54年9月開設となった北足立市場であるが、
東京都整備計画に基づき花き地方卸売市場5市場を統合して
昭和63年4月に東京都で初めて花き部の開設を行った。
城北地域における流通拠点であるが、取扱量の増大に伴う
駐車場不足の対策に3階建の立体駐車場を増築し、平成10年度
には青果部荷捌場を3棟建設、また平成11年度には仲卸業者用
の低温倉庫の建設を行った。
(東京都中央卸売市場・市場の歴史沿革より)
~豆知識~
セリ用語
ヤリ先 競売の事
もがき 売れ行きが良い事
横ばい 値動きが同じ事
しりっぱね 後売り程高値になる事
旅荷 遠隔地から来る荷
まり 値が決まった時に次の人も同値で買う事
まわし 大小また品質の異なった物を
一定の値で「込」で買う事
ぞっき L・M・S等の価格差があるものを
ならして一本の値段にした事
shouri
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